家族の話。

【付き合って3ヶ月で結婚】シングルマザーの頃のおはなしとママの恋を子どもが受け入れるまで

シングルマザーからステップファミリーへ

今回は付き合って3ヶ月でスピード結婚したわたしの

・シングルマザーだった頃のはなし

・息子がスムーズに受け入れてくれた方法

について綴っていきたいと思います。

○5年間未婚のシングルマザーでした

多様性の時代といわれることが多い現代ですが、「未婚の母」と聞くと否定的な気持ちになる方が多いのではないでしょうか。わたしも実際そうだった気がします。

子の父と公正証書を交わした関係で詳しいこと書くことができないのですが、向こうがほぼ100パーセント悪かったので、慰謝料をもらうほどでした。あの頃は辛かったし、男は逃げられて気楽でなんて不公平なのだろうと思いました。今も憎しみは消えませんが少し気持ちに余裕が出てきて、息子と出会わせてくれてありがとう、と思えるようになりました。成長ですね。

大学生で子を授かったので(これまた批判されそうですが・・・)、毎日保育園に送っていった足でバイトに行き、終わるとすぐに大学に行って、急いで帰ってきてお迎え。そこから育児をし、教職課程の大量の課題と闘っていました。褒めてほしいわけでは全くないですが、自分としてはあの頃のわたし頑張ったなあと思います。

○シングルマザーが辛かったわけではないけれど・・・

あの頃、精神的にかなり参っていました。子の父には裏切られ、肩身の狭い思いをしながら子どもの育児。21歳で親になったので育児相談できる人など周りにいませんでした。特定妊婦認定されていたみたいなので数ヶ月に一回、保健センターと市役所の児童福祉課のような名前の部署の方と面談はありましたが、ただただ苦痛でした。

望んでいなかった妊娠だったけれど、せっかくわたしのおなかに来てくれたのだからと産むのを決めたのはわたし。だからこそ精一杯子育てをして大切に大切に育てなければと思っていました。今もその気持ちは変わっていません。

しかしその当時は、息子が寝てしまって一人になると急にさみしさが襲ってきてしまいなんともいえない孤独感に苛まれました。苦しかった。だからどこかに、誰かに助けを求めたかったのでしょうね。

これまた批判覚悟で書きますが、マッチングアプリに手を出しました。うまくいけば、結婚できたらいいな、なんて思っていたのだと思います。下心丸出しで無理に決まっているのにと思いますが、若かったからでしょうね、何人か付き合ってくれる人はいたのです。子育てをないがしろにしたくはなかったけれど、わたしの人生も一回きりと考えると後悔したくなかった気持ちは若くて覚悟が足りなかったのだと思います。交際を申し込んでくれた人がいたのは、若かったのが理由なのかなんだったのか今となってはわかりませんが。

夜、子どもが寝てからオンラインデートというのでしょうか、電話やビデオ通話を重ねて子どもが保育園にいる数時間を狙ってたまに会う。そんな生活をしていました。そして、別れたらまたマッチングアプリに戻る。その繰り返しです。男に裏切られたのに男の人に依存していたのかも知れませんね。

こんなことを書いてからだと説得力はないですがしっかり育児もしていたのですよ。教育系の勉強をしていたので心理学的観点からのアプローチなんかも考えて愛着関係もしっかり形成できていました。息子にとっての安全基地にはなれていたと思います。そりゃあそうですよね、親はわたししかいないのですもんね。子どものことは本当にかわいくて、大切に育てていたのです。

○大学生のシングルマザーって知られたくなかった

あの当時は、いかに大学生のシングルマザーだと知られないようにするか、というところにばかり気を遣っていました。子の父が海外でも使える仕事の持ち主だったため、海外にいるんだよなんて周りには説明していました。実際海外に住んでいたみたいなので嘘だけど少しほんとだよ、みたいな。

シングルマザーなわたしを守りたかったのではなく、息子が「○○くんパパいないの?」とわたしのせいで言われて傷ついてしまうのが目に見えていたからです。特に言葉を子どもたちが話せるようになってなぜ?という気持ちが増えてくる2歳頃が一番かわすのが大変でした。

そしてママ友とは仕事の話になると話をスッとかわして、コミュニケーションをとっていました。あの子のママはねなんて話題になって子ども同士の関わりに問題が出てほしくなかったからです。

息子には父親はいないのだよということをサラッと伝え「あなたはママが守るからね」と伝えていたので父親がいないことに対してはそれが日常だからかその頃はあまり気にしてはいない様子でした。

人の家庭にずけずけ入ってくるなよ・・・と思いつつ、平気な顔して過ごすのはとてもしんどく、なによりも息子を守れなかったらといつもとても強い不安がありました。

○旦那との出会い

2023年度から福祉施設で働くようになりました。職種的には少し違うのですが、それがきっかけで出会った旦那とすごく意気投合して連絡先を交換したのが始まりでした。

元々子どもがいることも伝えていたし、「無理だろうな~」と思いつつも少しの期待は捨てられずのまま、毎夜子どもが寝た後に電話をして交流を深めていました。この頃にはもう結婚は諦めていたので気楽に連絡を取れていたのだと思います。

そんな中で旦那から「結婚を前提にお付き合いしませんか」と告白してもらいました。結婚を諦める気持ちはあったものの好きな気持ちが芽生えていたし、この人なら他の人と違って、大丈夫かも知れないと信じたかった気持ちと、彼の魅力を強く感じ、告白をOKして交際スタートしました。

○子どもに会ってもらうまでは電話で・・・

今までわたしのお友達の男性にもたまにしか会ったことのない息子が抵抗なく会えるように、まずは電話から始めました。旦那は子どもになれていませんがコミュニケーション能力がすごく高い人なので息子が気に入るのもあっという間でした。本当はお父さんという存在に憧れていたのかも知れません。

まずは「もちろん○○が世界で一番なのだけれど、ママこの人のこと好きなの」と言うことを伝えました。とくに旦那と付き合ったからと言うわけではなく1歳半頃から「○○はママの宝物」という合い言葉がわたしたち親子の中にあったので愛されている自信が息子の中にあったからこそ、スムーズに受け入れてくれたのだとわたしはおもっています。そして4歳という年齢もちょうどすんなり受け入れられるギリギリのラインだったのかなとも思います。

伝えたときの反応は「そのお兄さんはパパになってくれるのかな」と期待のまなざしでした。結婚を前提にとは言ってもまだお付き合いして間もないのに期待を持たせるわけにはいかないので「どうだろうね~」なんて話しながら、息子も旦那と電話をするようになりました。

それがあってか、初めて会ったときはすぐに手をつないだり、抱っこをせがんだり、普段男の人に慣れていないなんて思えないほどすぐに懐いている様子でした。あんなに素直に男性と関わっている息子を見るのは初めてでわたしとしても驚きと共にうれしさを感じました。この後何度も会うことを重ねていき、結婚に至るのですが、長くなってしまったのでまたその話は次回にしたいと思います。

○まとめ

日頃から子どもに愛情を注ぐのはもちろんのこと、言葉でも伝えていたことが息子にとってスムーズな受け入れにつながったように思います。

そして、無理に最初から会わせず、電話で何度かお話をすることによってならしていきました。

シングルマザーの期間が長かったからこそ、様々な葛藤、苦しみを経験しましたが、それがあったからこそ今の幸せがあるのかも知れないと考えるとちっぽけなものに思えます。

息子に会ってもらったその後のこともまたの記事でお話ししていきますね。